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函館カトリック元町教会調査報告書
三宅理一博士 編著
この報告書の完成に協力して下さったのは次の方々です。
役職は2014年当時のものです。
三宅理一 藤女子大学教授(現在、東京理科大学客員教授)主査
羽生修二 東海大学情報デザイン工学部学部長(現在、東海大学名誉教授)
伊藤洋子 芝浦工業大学教授(現在、芝浦工業大学名誉教授)
前島美知子フランス国立科学研究センター (CNRS)研究員
(ユネスコ日本政府代表部専門調査員を経て、現在フリーランス)
目次
調査研究のスタート時点の様子を
紹介します
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内容のいくつかを紹介します
脚注からも分かるように実にいろいろな
引き出しから資料を引用していて驚きます。
次は当聖堂の祭壇や十字架の道行きを制作した、
イタリアのチロル地方にある、シュトフレッサー工房で
三宅博士が発見した、当教会からの受注書である。
115年前のこの書類は手描きのドイツ語で、整理されもせず
工房の隅に高く積み上げられていたそうである。
三宅博士が、語学力を駆使して、翻訳清書したもの。
報告書の一部を紹介しましたが、
内容から分かるように、単に当聖堂の調査に留まらず、
幕末から明治初期にかけての函館の歴史が緻密に調べられています。
271ページにわたるこの報告書は、函館にとっての財産ともいえるものです。
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函館でのカトリック神父への特高による迫害
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2025.2.11 信教の自由を守る
函館・道南キリスト者集会
「小さな教会と巨大な国家
−ドイツの教会闘争から学ぶ教会の務めー」
「すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい」 (ペトロ一2:17)
日本キリスト教会 牧師 久野 牧 (配布資料より)
T.日本学術会議の新会員任命拒否問題
1.新会員6名の任命を、当時の菅義偉首相が拒否(2020年9月)。拒否継続中。
それに対する抗議声明が、各界(学会、報道関係、教育界、芸能界、宗教界等)から提出。それは「思想や学問や表現に対する国家権力の不法な介入」との批判に基づくもの。
2.その時の抗議文に引用されたマルティン・ニーメラーの言葉
「その時は、手遅れであった」
「ナチスが最初、共産主義者を攻撃したとき、わたしは声をあげなかった
わたしは共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、わたしは声をあげなかった
わたしは社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員を攻撃したとき、わたしは声をあげなかった
わたしは労働組合員ではなかったから
それから、学校、新聞、ユダヤ人に次々と攻撃の手が加えられ、わたしの不安は増したが、何事も行わなかった
そして彼らが教会を攻撃したとき、わたしは教会の人間であったため声をあげた
しかしその時には手遅れであった」 (諸版あり)
※基本的な内容は、ナチ党が迫害対象を徐々に拡大していく時、それに危険性と恐怖を感じつつも「自分は当該集団の関係者ではないから」と見て見ぬふりをしていた。しかし自分がいざ迫害対象になった時、自分たちのために声を上げる人は社会にはもう誰もいなかったというもの。ナチ党の暴走を食い止められなかった悔いの言葉。
この文の引用の際に、ニーメラーについての紹介がないもの、ごく簡単な説明付きのものなどが多く見られた。?ニーメラーについて紹介することと、彼の闘いが何であったかを知ることによって、わたしたちの今日のあり方を探ることの必要性。?『ナチズムと闘った牧師−神の人マルティン・ニーメラーの物語』 翻訳へ。
※ニーメラー(1892―1984)は、本来ルター派教会に属し、ドイツ福音主義教会の牧師として活動。1924年に牧師として任職された。1938―1945年、強制収容所に収監。
U.ニーメラーの言葉はいかなる状況下で生まれたか
1.ナチ党の支配
1933年1月(ヒトラーが首相に任命)から1945年5月 (ドイツ、無条件降伏) までの12年。その間にナチ党は「強制的同質化(均一化)政策」(各組織・団体を、それぞれに一元化するもの)を強硬に進めた。その狙いは、国民を一人の指導者(ヒトラー)に絶対的に服従させ、一つの強固な民族共同体(国家)を形成すること=ナチ化。
〔同質化対象〕 教会、政党、労働組合、教育関係、報道関係、芸術関係等。
〔排除対象〕 「聖書研究者」=ものみの塔、ユダヤ人、マルキスト、障がい者、同性愛者、
アルコール中毒者等。
この「強制的同質化政策」は教会にも適用される。「教会省」、「帝国教会監督」を設置、「ドイツ的キリスト者」※ の信仰思想への同質化などで、教会を統制しやすくすることを狙う。
※「ドイツ的キリスト者」 キリスト教をナチズムと結合させ、ナチズムの世界観や政策に迎合しようとしたドイツのプロテスタントの一群。反ユダヤ主義であり、ユダヤ人の書としての旧約聖書やパウロ書簡等の排除を主張。
※〔参考〕 「日本的キリスト教」 昭和初期から第二次世界大戦終結までの国家至上主義、軍国主義に同調した日本のキリスト教。
2.教会の最初の過ち (Wで詳細に)
「ドイツの教会が一つにまとまることは、自分たちの念願でもあった」という受け止めをして、当初は同質化政策による教会の統一を歓迎した。→甘さ、生ぬるさ。 (戦前日本の「宗教団体法」による旧日本基督教団結成の問題、1941。「長年の悲願の達成」との受け止め方も)。
他の組織・団体の均一化の危険性をある程度認識しながら、教会は自分たちのことに関してはのんびり構えていた。→その結果、「その時には手遅れであった」。
※ニーメラーは選挙において、ナチ党に1924年と1928年に投票。弟のヴィルヘルムは、一時期ナチ党に入党(1924年)。当初、彼らはナチ党の危険性に気が付いていなかった。
やがて、ドイツ的キリスト者の信仰思想やイエス・キリストのゲルマン人化(僕(しもべ)としてのイエスではなく、英雄化)などの誤った信仰が強要され始めた時、やっと、ナチズムの思想と政策に対する反対と抵抗の必要性を教会は認識し始めた。→「ドイツ教会闘争」の始まり。
◆「発端」に気が付いたとき、「終末」(結末)を見通すことが如何に大切か。
V.ドイツにおいてナチ党(ヒトラー)による支配はどのようにして生じたか。
1.ヒトラー支配の実現の要因(時代背景)
様々な要因が指摘されている。主たるものは下記のごとくである。
・第一次世界大戦敗戦後のベルサイユ条約(1919年締結)によって生じた多額の賠償金。それに起因しての経済的危機、貧困者・失業者・自殺者の増大?ワイマール体制への不満。
・政党乱立(20に近い政党)による国家の分裂状態、不安定な政情。共産党への脅威。
・傑出した指導者を慕うドイツの風土。
・そして何よりも決定的なことは、当初、ナチズム(ヒトラー)の本質と全体像を正しく認識することの出来なかった国民の無知。知り得たかも知れないことを知ろうとしなかった、知ったとしても「そんなことはありえない」と自分を説得、他人事化(〔例〕強制収容所の存在などについて)
・事柄が自分たちの良心の領域に入ってこようとするとき、自己防衛的に良心を抑圧して問題を回避しようとした。
★事柄の本質を見抜けず(ヒトラーへの過剰な期待、その危険性の過小評価)、責任逃避という過ち。?事実・現実の真相を見抜くことの大切さ。 (今日のフェイクニュースの問題)
2.ヒトラーの巧妙さ、暴力性
ヒトラーはワイマール憲法を変えずに、新しい法律を制定できる権限を自分に与えて(「全権委任法」)、次々と法律を制定(憲法違反の内容のものであっても)。国民は憲法に対してではなく、ヒトラーへの絶対的忠誠を求められた。
*2013年麻生太郎副首相の発言は事実誤認。
※日本において次々と制定される「憲法9条」を骨抜きにする法の制定(「集団的自衛権法」、「自衛隊法」等の安保法制)の危険性。「解釈」によって憲法の精神・趣旨を歪める。
・ドイツ国民の優秀性を強調し、巧みな演説によって人々の心をつかむ。
・巧妙な隠ぺい工作(秘密保持の徹底)、強力な報道統制。
C教会に対しては、本心とは異なる好意的発言(教会を利用しようとする狙い)。
・反対者・抵抗者への圧倒的権力による弾圧(それを避けて国外逃亡者多発、地下 活動)。
※〔蛇足〕
・「今日、『わたしがナチの時代にドイツで生きていたら、絶対に反対した』という人がい るかも知れない。その人は、今、抵抗し闘いなさい!」
・キリスト誕生の時のベツレヘムの人々に関して、「もしわたしがそこにいたら、温かい 湯も布も提供しておもてなししたのに、と考える人は、今、そうしなさい」(ルター 『クリ スマス・ブック』)。
W.ナチ政権下で教会はどう動いたか
1.教会の立ち上がりの遅さ
上記のように、教会の立ち上がりは遅かった。しかしやがてナチズムの教会政策の中にある危険性、反キリスト的なものに徐々に気づき始めた。
・異教的思想の導入、ヒトラーの神格化、鉤十字旗掲揚やナチ式敬礼の強要等。
ドイツ福音主義教会は闘う共同体としての「告白教会」を形成し、ナチ政府の教会政策を批判し、抵抗と拒否行動へと移行。その手段―声明文、宣言、文書、反対集会、説教壇告知、ヒトラーに対する建白書の発布等。そのため逮捕者も続出した。?「言葉による闘い」。
2.端的な出来事としての「アーリア条項」
ナチ政府はユダヤ人排斥を目的とする「職業的公務員回復法」(「官吏再建法」)を発布(1933年4月)。それを教会に導入(「教職と教会官僚の法的諸関係に関する法律」(1933年9月)。その中に 「アーリア条項」が含まれている。それは一般社会(特に官吏の分野)においてと同様に、教会においても教職や教会役職からのユダヤ人追放・排除を命じている。
※「アーリア人」という用語は、本来、言語構造による語族(インド・ヨーロッパ語族)を表す幅広いものであったが、やがてそれは民族(人種)を表すものとして用いられ始めた。ナチズムにおいては、優秀なアーリア人の代表がドイツ民族であると主張され、ドイツ民族を「支配民族」として自ら位置づけた。「非アーリア人」(劣等民族)の代表的民族がユダヤ人とされた。
3.「牧師緊急同盟」の結成(1933年9月)。
アーリア条項を教会に押し付けることは、国家権力の教会への介入であり、自分たちの信仰(告白)に対する挑戦であるとの理由によって、ニーメラーなどを中心に結成された有志の連合体が「牧師緊急同盟」(ボンヘッフーも協力)。教会の自律、国家からの独立の精神に立っての抗議と抵抗の行動。この同盟に加入する者に求められる誓約の一つに次のものがある。
「第四項 わたしは、…アーリア条項を教会に適用することは、わたしたちの信仰告白的立場に対する冒涜であることを証言します」。
要するに、教会のことは教会自体が決める、国家は介入すべからずということの主張である。
※この介入問題は、菅首相による学術会員任命拒否問題は、学術会議への国家権力の不当な介入であり、学術会議の独立性を侵すという点で、類似性がある。
但し、この緊急同盟結成に含まれている問題点は、その運動がユダヤ人への連帯を表している面もいくらかあるが、ドイツ社会において排除され、抑圧されているユダヤ人全般の人権問題にまで広がらず、教会の信仰告白の問題、教会の自律の問題という範囲に留まったことにある。教会の抵抗は部分的にすぎなかった。
※今日の日本における少数者や在留外国人に対するヘイトクライム等に教会はどう関わるかの課題。
4.『バルメン神学宣言』(1934年5月) (詳細は、?で)
ナチ政府に立ち向かう告白教会会議が、「教会は何であるか」、国家が立ち入ることを許されない教会のみが果たすことの出来る務めは何であるかを明白に宣言したもの。教会は聖書の教えのみに立ち、それ以外のいかなる権威によっても支配されることはない、イエス・キリストを主とする信仰共同体であることが宣言されている。ドイツ的キリスト者の信仰を全面的に拒絶している。
◆問題点と課題 この宣言も、教会の社会的参与や責任、広義の「ユダヤ人問題」には触れていない。?圧倒的な権力の支配下にあった当時の教会の限界。バルメン神学宣言の起草者のバルトは、後にそのことについて自己批判している。
※1935年、カール・バルト、スイスへ追放。1937年7月、 ニーメラーは、国家反逆罪で訴追、逮捕。裁判による無罪判決後、「ヒトラーの個人的囚人」として直ちに強制収容所へ収監。1945年4月まで。
X.ドイツの教会の弱さ(過ち)の認識と悔い改めの動き
1.教会の基本的な姿勢
わたしたちは、真に神に仕えることによって、人にも仕えることができる。教会が教会であることによってこの世の問題にも参与できるし、奉仕することもできる。ドイツの教会の闘いは、まず真の教会の確立であったし、このことは基本的に大切なことである。
告白教会は、真の教会が何であるか追求しつつ、同時にナチズムの非人道的政策やユダヤ人政策に対して、説教や様々な発言、抗議声明によって抵抗した。それによって教会は、国家の意のままにはならない、ナチズムに対しての一定の批判者、邪魔な存在、目障りな存在であり続け、ナチ政府の政策推進を少しは遅らせることができた(ナチズムにとっての疎外要因)。
ドイツ社会において、「教会」の存在が国民の生活と密接に関わるものであったことが、その一つの要因と考えられる。教会は、苦難の中にあるドイツ国民を内面的に支えるという役割はある程度果たし得た。すなわち、国家をけん制することによって、国家に対する「教会の見張りの務め」を、一定程度果たし得たとの評価がなされる。しかしその評価は、<教会内的>なものである。
一般社会においては、教会闘争の評価はそれほど高くない。この時代のドイツ史の記述において、「教会闘争」に触れたものはほとんど見られない。
2.教会の弱さと過ちのいくつか
それゆえ、教会のおかれているその時代のドイツ社会で、またナチズム全般に対して、教会は積極的に、直接的にどれほどの役割や責任を果たしたのであろうか、との自己吟味と反省は重要である。以下のような問題が浮き彫りになって来る。
・教会内の内部対立は続いた。全教会が一致してナチズムに対して、またドイツ的キリスト者に対して、反対行動を起こすことができたわけではなかった(ナチズムにすり寄る教会もあり、一方で兵役につかせられた牧師も多く、抵抗勢力の弱体化)。
→教会闘争の挫折。
・ユダヤ人や社会的弱者、少数者の人権擁護のための闘いは徹底されなかった。
・政敵に対する権力者側からの容赦ない恐るべき処置に対して、それを食い止めるほどに、教会として発言し抵抗することができなかった。ナチズムにおいては、「敵」−「味方」の二分法が強烈であった。抗議する教会の牧師の中からも多くの逮捕者が出た。
・他国との戦争を食い止める力になれなかった(1939年9月第二次世界大戦勃発)。平和を造り出すことへの貢献がなかった。その結果、国内外において、多大な被害と戦死者・被抑圧者を生み出すことになった。
★「教会は、旧約聖書の預言者であればきっと厳しく糾弾したであろう事柄については、ほとんど発言せず抵抗しなかったのではないか」との指摘。本来、世の中の事柄と無関係に中立的に存在する福音はなく、教会もあ
り得ない。その弱さの自覚と悔い改めの動きが戦後始められる。
★ニーメラーの悔い改めの言葉 「ナチスに責任を押し付けるだけでは十分ではありません。
…もし教会が本当に信仰によって生きるキリスト者から成り立っていたならば、ナチスはあれほどの不正を行うことができたでしょうか」(1945年10月)。
3.教会の罪責告白(戦後)
ナチ政権下の教会の罪や過ちを認識し、悔い改めて、戦後まもなく、ニーメラーを中心に作成された罪責告白が制定された。
『シュトゥットガルト罪責告白』
(ドイツ福音主義教会評議委員会、1945年10月19日)
「ドイツ福音主義教会評議委員会は、シュトゥットガルトにおいて1945年10月18、19日 の両日に開催された会議に際し、世界教会協議会の代表に対して、挨拶を送るもの である。…
われわれは大いなる痛みをもって次のように言う。われわれによって、果てしない苦しみが多くの国民と国土〔民族と国々〕にもたらされた。…なるほどわれわれはナチの権力支配の中にその恐るべき姿をあらわした霊に抗して、イエス・キリストのみ名において長い年月を通して闘ってきた。しかしながら、われわれは自らを告発する。
われわれがもっと大胆に告白しなかったことを、もっと忠実に祈らなかったことを、もっと喜んで信じなかったことを、そしてもっと燃えるような思いをもつて愛さなかったことを。今こそわれわれの教会のうちに新しい出発がなされなければならない。
……
われわれは神に願う。諸教会の共同の奉仕を通して、今日新たに力を得ようとしている暴力と報復の精神が全世界において抑止され、苦しみ悩む人間がそこにおいてのみ癒しを見出し得るところの平和と愛の精神が支配する時が来るように、と。…」。
この罪責告白に関する評価は様々だが、戦後ドイツの教会の再出発の一つの基礎となったことは事実である。ここでは消極的評価と注目すべき点とをいくつか挙げておきたい。
(1)消極的評価
・ユダヤ人問題に関して直接的に言及されていない。「国民と国土〔民族と国々〕」という表現において、ユダヤ人も含まれているとする説もある。
・罪責告白の内容が弱いし、具体性に欠ける。
・罪責は「集団」でなされるべきものなのか、また教会だけの問題か。教会が罪責告白すること自体への疑問(教会の先走り)が投げかけられた。
・比較級の文体は、言い訳がましい。「少しは抵抗した…」と自己弁護的である。
(2)注目すべき点
・改めて諸教会間の一致と共同を願っている。
・平和の確立のために立ち上がるとの決意?暴力や報復の抑止、再軍備・核武装反対。
・諸外国との和解にある程度の貢献。
・愛と奉仕の強調(社会の中での小さき存在、苦しむもの、虐げられている人々については文字に表されていないが、意識されている)
一般に戦後のドイツ社会は、悔い改めや罪責告白ということよりも、国家の一刻も早い復興や軍備強化を願っていた。そういう中で、教会は悔い改めから再出発をしようとしている。この罪責告白は、ナチの時代、教会は教会であり続けるために努力し闘ったが、十分な抵抗はできず、社会的な事柄への参与(貢献)においては弱かったことへの反省に立って、再起を誓っている。
★日本の教会とドイツの教会との決定的違いは何か。かつての戦争に対する日本の教会の協力や追従や賛同についての悔い改めと謝罪の弱さと遅さ。(1967年『第二次世界大戦における日本基督教団の責任についての告白』、この中で「教会の見張りの使命」に言及)。
Y.今日における教会の務め・役割―日本の状況の中で―
1.「教会の見張りの務め」(教会の政治的責任、政治的神奉仕)
―「バルメン神学宣言」から教えられること―
第五項 「神をおそれ、王を尊びなさい」(ペテロ一、2:17)
国家は、教会もその中にあるいまだ救われぬこの世にあって、人間的な洞察と人間的な能力の量に従って@、権力の威嚇と行使をなしつつ、正義と平和のために配慮するAという課題を、神の定めによって与えられているということを、聖書はわれわれに語る。教会は、このような神の定めの恩恵を、神に対する感謝と畏敬Bの中に承認する。
教会は、神の国を、また神の戒めと義とを想起せしめC、そのことによって統治者と被統治者の責任を想起せしめる。教会は、神がそれによって一切のものを支えたもうみ言葉の力に信頼し、服従する。
国家がその特別な委託を越えて、人間生活の唯一にして全体的な秩序Dとなり、したがって教会の使命をも果たすべきであるとか、そのようなことが可能であるとかいうような誤った教えを、われわれは退ける。
教会がその特別な委託を越えて、国家的性格・国家的課題・国家的価値を獲得し、そのことによって自ら国家の一機関となるべきであるEとか、そのようなことが可能であるとかいうような誤った教えをわれわれは退ける。」
◆「教会の見張りの務め」の具体的な事柄
・「人間的な能力の量に従って」 国家には一定の限界がある。人間的な量とは、法と秩序に従うこと。国家がそれに違反しているとき、国民の抵抗権が行使できる。
・「正義と平和のために配慮する」 国家の目標と目的がこれである。教会は、そのことを常に国家に訴えていく。更に自由の確立や社会福祉(奉仕)も加える必要。「この世的救い」(究極以前の救い)のためにも仕える教会であること。
・「神に対する感謝と畏敬」 これは神が道具として用いられる国家に対してではなくて、神ご自身に捧げられるべきものである。国家に対しては、絶えず祈りを捧げること。
・「神の戒めと義とを想起せしめ」 国家は絶対ではなく、自らを超えたものへの畏れの念を絶えず持たなければならない。教会には、国家がその課題を果たしているかの「見張り・監視の務め」がある。→警告・宣言・声明等。
※〔付〕ジャーナリズムの役割は、権力を監視すること。日本での現実は?
・「国家が…人間生活の唯一にして全体的な秩序となる…教会の使命をも果たす」 国家は宗教的な救いを人に与えることはできない。国家は、霊的領域に入ってはならない。国家は、「教会」となってはならない。
・「教会が自ら国家の一機関となるべきである」 教会は国家と融合して、支配を求めてはならない。教会は仕える共同体である。→統一教会問題。
2.「バルメン神学宣言」の教会にとっての意義
教会が何であり何でないか、国家が何であり何でないかを聖書に基づいて確認している。教会は、国家の権力に寄り添って支配するのではなく、キリストに倣って奉仕に徹すべきである。
二つの「退ける」(上記)は、直接的には「ドイツ的キリスト者」の思想の排除を意味しているが、同時に今日における教会にとって、抵抗や闘いが生じる具体的状況を示唆している。
「信教の自由」が侵害される時の教会のあり方への示唆がある(「ヤスクニ問題」等)。
★政治や社会の問題に対して、キリスト者として自分自身の確かな意見と立場を持って(聖書の言葉を土台にして)関わること、自分の中に思想や良心の核となる信仰の確信や原理を築くことの大切さ。それに基づいて、われわれは生き、また行動することができる。
3.「バルメン神学宣言」を越えたさらなる教会の課題
この世の事柄への関わりについての言及がほとんどないという反省に立って*、世に遣わされた教会としての政治的事柄や社会参与に対する信仰告白的な発言や行動が求められている。
*「告白教会は、政治的変革ということまでにはその洞察が及ばなかった」(E.ベートゲ)。
具体的な課題は何か―
・神と人との和解に立って、人と人、民族と民族、国家と国家の和解のために仕えること。
エフェソ3章14−16節 (他にも、コリント二5:16-21など参照)
「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されましたこうしてキリストは、双方を御自分において新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」。
・平和の確立、核戦争反対、核兵器拡散抑止のために発言し、行動すること。
・環境(自然)破壊の問題に聖書的視点に立って発言すること。
・人命・人権の尊重、特に社会的弱者の人権擁護と、彼らとの共存・共生を強く訴えること。
・少数者の存在の重さの自覚。「地の塩、世の光」としての存在。
★“Great minority” (偉大なる少数者) 揺るがない信念のもとでなされる主張や発言に、権力者側が耳を傾けざるを得ない存在であり続けることを目指す。
4.日本と世界の今日の状況の中で、キリスト者(教会人)として考えさせられること
・2024年10月の衆議院議員選挙に関して―政策内容は別として―、国民民主党の伸びから示されることは何か。 「投票」行動が政治を動かすことが今なお可能であることを示した。「まさに今、政治が国民によって動かされる時を迎えている」との論評(2024.11.12. 朝日新聞)。
「最善(best)」は選べないかも知れないが、「より少ない悪(lesser evil)」を選び取って行く。
・日本原水爆被害者団体協議会の2024年度ノーベル平和賞受賞―「証言」を中心とした、強い信念に基づく活動(諸集会、語り部、写真展等)が評価。
キリスト者にとっての証言、証しの重要性を再認識する必要がある。
ドイツ教会闘争はある面で「言葉が武器」であった。今日、「愛」、「平和」、「命」、「希望」、「戦わない」等についてのあいまいさのない言葉を持ち、かつ語ることの重要性。
・米国のトランプ大統領再選 アメリカ第一主義の復権。人権、少数者、環境等が軽視され、力の政治へ傾く中で、わたしたちは聖書的立場からの視点を失わないで、日本社会において発信し行動することが求められる。戦後80年を迎えた日本における教会の役割の追求と実践。
ペトロ一3:10−11 「命を愛し、幸せの日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ」。
・祈りの力への確信 祈りはキリスト者にとって、強力な戦いの道具である。
テモテ一2:1-2 「そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです」。
※ニーメラーが何度か夢に見た事柄。「あなたはヒトラーのために祈ったことがあるか」との天からの問いかけ。
「絶望を汝の主とするな。なぜなら、キリストが汝の主なのだから」
(ドイツ福音主義教会による「ダルムシュタット宣言」 1947)。
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