初代教会

メルメ・カション師が最初に建てた聖堂の見取り図。
メルメ師の自筆である。
1859年パリ外国宣教会本部に送ったもので、グロード神父が発見した。下の図が日本語に翻訳したものである。


第2代教会

メルメ・カション師は1863年函館を去るが、
1867年来函したピエール・ムニクー師が直ぐに建設した司祭館。聖堂も兼ねていて、当教会ではこれを第2代としている。



第3代教会


1875年マラン師が主任司祭に
1877年マラン師聖堂建立









下はこの聖堂の祭壇である。
        (図書館の古写真より発見)



1907年大火で聖堂焼失



















1878年マラン師の要請により、シャルトル聖パウロ会より3人の修道女来函
このシスター達の活躍は眼を見張るものがあった
来函して半年ほどで、授産所、孤児院、施療院を開 設し、8年後には聖保禄女学校を開設し、これが今 の白百合学園につながる。

下の写真参照
現在の聖堂の様子


正面にある入り口は後に設置され、入ってすぐが母子部屋となっている。
左にあるのがマリア会館(信徒会館)、右にあるのが司祭館である。



函館のカトリック 改定

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           明治22年の写真
           




     
     



                                  



          






           

      
      


     

       



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